往年のクライマー(元登攀倶楽部の会員)によるブログです。


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あの頃、大岩壁は確かにあった。

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滝谷や前穂東面、剣のチンネや八ツ峰など、いわゆるクラッシックルートが登り尽くされた1960年代後半から1970年代初頭にかけて、日本のクライマーは残されたビッグウォールを目指すこととなる。大岩壁時代の幕開けである。そこには今日の意味するフリーという言葉はなかった。クライマーはボルト・ハーケン・アブミ・ユマールを駆使し、ひたすら登りきることを目標とした。もちろん、木の根っこもホールドにした。ボルトの頭もスタンスにした。このブログは大岩壁を攀じ登った往年のクライマーと当時登攀倶楽部、及び山行を共にした、大阪凍稜会・骨と皮同人・大阪わらじの会・あなほり同人・関西岩峰会・京都岳人クラブ・龍谷大学山岳部・同志社大学山岳部・佛教大学山岳部OBに捧ぐものである。
※当時、"毛虫探し"という言葉があった。国土地理院の地図に岩場が『毛虫』に似た記号であったためである。『毛虫』マークでは規模、状態は分からない。パイオニア達は『毛虫』を見つけてはそこへ行き、登るに値する壁か否かの判断から計画を練った。
・・・奥鐘山・前穂屏風岩・明星山・幕岩・甲斐駒・鹿島槍・不帰・丸山・海谷山塊・・・
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by touhanclub | 2013-01-03 14:11 | はじめに