往年のクライマー(元登攀倶楽部の会員)によるブログです。


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屏風岩一ルンゼ

e0304295_02490096.jpg
前穂屏風岩第一ルンゼ。屏風では最初に登られたルートだったと思います。私の記憶が正しければ。その後、新村氏と梶本氏によって1942年3月、2日間かけて積雪期初登が行われました。新村氏は前穂北尾根Ⅳ峰正面「北条・新村ルート」の新村氏です。出っ歯のアイゼンはもちろんWアックスなどのない時代。先人の苦労は想像だにできません。その後、雪崩の危険もあり長い期間第二登は途絶えました。1974年頃でしたか、まだ一ルンゼの積雪期完登は二桁に達していなかったと思います。
同じ山岳会(登攀倶楽部)のメンバー=Oさんと故Kさんに横尾の避難小屋で逢いました。同じ山岳会ですが偶然です。彼らは一ルンゼ。私たちは中央壁ダイレクト。夜中の2時頃、彼らは小屋を出て行きました。雪崩の危険を避けるためルンゼ狙いは早いのです。暗闇も明けぬ5時過ぎ=我々の出発直前、彼らが帰ってきました。あまりの早さに私:「どや、あかんかったやろ!」 Oさん:「楽勝・楽勝・・・・・や」 私:「そっか。よかった。」と言いながら「なんで一ルンゼがこんなに早く」ちょっと嫉妬。
我々は? 散々。登攀二日目の6P目、アイゼンをつけたアブミでの足の入れ替え。大きなクラックに突っ込まれていたコの字型の赤ハーケンが抜けて15mの空中遊泳。夏のときは大丈夫やったんやけど。
T2テラスで吹雪の中、情けなくザイルを回収している写真があったはずやけど・・・どこに行ったんやろう。
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by touhanclub | 2016-01-07 02:50 | 仲村利彦の部屋 (B)